小説 of MITSU a.k.a. Delta Blues Project

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ミュージシャンのライトノベル
《冒険ファンタジー》支倉常長とゆかいな仲間達~エスパーニャへ~

序章

~エスパーニャへ 序章~


ボクの故郷は、その昔、伊達藩と呼ばれていた。
伊達政宗(だて まさむね)の家臣、片倉景綱(かたくら かげつな)通称「片倉小十郎(かたくら こじゅうろう)」という武将が白石(しろいし)城の城主をしていた、城下町。
江戸幕府統一後、徳川家康は一国一城令を発令し日本全国の城を破却させたが、白石城は例外的に城として認められためずらしい場所なのである。
そういう訳で、伊達藩には城が2つある。

ところで、伊達藩には支倉常長(はせくら つねなが)という侍もいて、この人物は船団を率いて海を渡り、ローマへ行った。しかも、生きて往復した。
伊達正宗が行かせたのだ。
鎖国で、海外に行ったら処刑される時代にである。
2人とも、なかなかパンチが効いている。
考えてみてほしい、飛行機がない時代に、ちょんまげ姿で、腰に刀を差し、何ヶ月も船に揺られてである。
これは、かなりのロマンだ。

話は少し変わるが、ボクの祖母は生前、我が家は侍の家系で昔々に海を渡った、と言っていた。
これは面白い。

ニューヨーク在住時代、スペインに旅行へ行った。
当然「地球の歩き方 スペイン」でいろいろ調べてみると、スペインに苗字が「JAPON(ハポン…日本の意)」という人が何百人と住んでいる村があるという。
興味があるので、バスに揺られてその村まで行ってみた。
村の名前は「コリア・デル・リオ」。
小さな村だ。
しかし、川沿いの公園には、サムライの銅像が、燦燦と降り注ぐ太陽を浴びながら悠然と立っていた。

スペインはローマへの通り道。
当然、鎖国の日本に戻れば処刑される可能性が高いのだから、ヨーロッパに留まった侍も多かったようだ。
はたして、この村の人々は侍の末裔なのだろうか!?

さて、支倉常長の存在が明らかになったのは明治になってから。
ローマを訪れた日本の師団が、偶然にもローマの倉庫で彼らの文書を発見した。
要は、300年間くらい歴史の闇に葬り去られていたのだ。
なぜか?
おそらく、徳川幕府は鎖国をして海外に渡航するのを禁じていたのにも関わらず、伊達政宗がこっそりローマに師団を送って他国の力を借りて天下を取ろうとしていたから、と推測できる。
伊達政宗、やはりしたたか者です。
そんな訳で、支倉常長の存在が明らかになれば、徳川への裏切りがバレてしまう。
伊達藩が、潰される。
ということで、闇に葬った、というのが大方の予想。
いつの時代も、政治の力というのは、怖いですね~。
実際、日本へ戻ってきた者たちもいたようですが、全員処刑された、と言われております。

しかし、ボクの勝手な予想では、その中の多くは生き延びているはず。
なぜなら、何ヶ月もかけ命がけで海を渡り、何年も海外を放浪し、そうやって生き延びてきた人間が、そう簡単に捕まり処刑されるわけないでしょ。
しかも、支倉常長率いる船団員の殆どは、罪人(要は犯罪者)だった、という記録もあるくらいだから、悪知恵も働いたはず。
(これは当時、船でローマまで行って帰ってくる、ということは現実的に可能性が低いと予想されていたので、どうなってもいいように罪人を行かせたらしい。)
まあ、半分、海賊みたいなイメージかな。

ということは、ボクは海賊の末裔なのか!?

かくして、侍のスペクタクルな冒険が始まったのである。

第1章

~エスパーニャへ 第1章~



慶長18年(1613年)、徳川家康は江戸幕府を開き、世の中は徳川の時代と呼ばれていた。

その頃、東北地方では伊達政宗が伊達藩の藩主となり本州の北を治め、民衆は平和な時代を謳歌していた。
そんな新しい時代の始まり、支倉六右衛門常長は青葉城に呼ばれたのだ。

常長は政宗の家臣の一人だが、右腕という重要な地位ではなく、どちらかというと、その他大勢に位置する、まあどこにでもいるような侍。
以前は、重要な地位を任されていたのだが、政治の陰謀の渦の中、あらぬ罪を被せられ失脚し、今では半分罪人のような身分に落とされた。
だから、突然のこの事態に少しの戸惑いがあった。

「とうとう我が身も島流しにされるのか…」

城に着くと、すぐさま政宗に謁見させられた。
殿の前で深々とお辞儀をし、頭を上げてみると、なぜか見慣れぬ異国人の姿が隣に見受けられた。
誰なんだ。この青い目の男は?

「この者は、エスパーニャ人のフランシスコ会宣教師ルイス・ソテロ。常長よ、この者と共に海を渡り、スペインとローマへ向かえ。そして、通商交渉をしてくるのだ。将来、それがこの北の大地・仙台藩を潤す事になるだろう。これは非常に重要で、危険な任務だ。しかも、迅速に遂行しなければならない。わかるな?」

「…!?」

突然の展開に、脳みそがフル回転しだした。
どういう事だ。
これは島流しということなのか?
いや、通商交渉と言っている。ということは、使節団ということか。
というか、ローマってどこなんだ?
それにスペイン?
海を渡れ?
もしかして、殿はあの異国人に騙されているのでは?
いや、あの政宗様が間単に騙されるわけはない。
どうなっているんだ。
考えろ!
そうだ、どちらにせよ、オレに選択はないということか。
しかし逆に考えれば、これで成功を収めれば、支倉の家柄もまた返り咲ける。
千載一遇のチャンスではないか。

第2章

~エスパーニャへ 第2章~


夏の穏やかな夜、満月が城下町を明るく照らし、遠くから三味線の音が聞こえてくる。

あの日から、3ヶ月…、明日は、遂に出航だ。
一度海に出たら、次にこの東北の地に戻って来れるのはいつになるのだろう。
もしかしたら航海の最中、病で倒れるかもしれない。
仮に、無事にエスパーニャへ到着したとしても、異国の人々は私たちを快く受け入れてくれるのだろうか?
異国で頼りになるのは、あのルイス・ソテロとかいう宣教師だけだが、奴は本当に信用できるのか?
奴は途中で裏切り、船を奪って逃げるのではないか?
奴の本当の目的は船か!?
そういえば、奴は航海中に座礁し、石巻付近の海岸に辿り着いたと聞いたことがある。
しかも使節団の半分は、罪人だという話ではないか。
これでは大海原で食料が少なくなった場合、食料を奪い合い殺し合いになる…。
まったく、政宗様は何を考えておられるのだ?

ああ、懐かしの「ずんだ餅」。
あの口の中で広がる「絶妙な甘さ」と「ずんだの香り」。
次に母上の作った「ずんだ餅」食べられるのは、いつになるのだろう?
考えれば考えるほど、不安が次から次へ心の隙間に割り込んでくる。

「え~い、考えても仕方が無い。酒だ!とりあえず酒だ!今宵は、上等な笹かまぼこを炭で炙って、上等な日本酒をたらふく飲んでやる。」

「これ、さなえ、上等な酒、そうだ一ノ蔵があっただろう、それ持って来い。」

落ちぶれても支倉家は名家、いく人かの奉公人が常長の身のまわりを世話をしているのだ。
5杯目の銘酒を湯のみ茶碗にとくとくと注いでいると、玄関から声が聞こえてきた。

「おーい、常。酒を持ってきたぞ!」

声の主は、熱海十兵衛ではないか。
彼は、幼い頃から常長と共に剣の腕を競い合った、いわば親友。
現在では、白石城の城主、片倉小十郎の右腕に成長した剣豪なのだ。

「小十郎様から城主しか飲めないと言う、この蔵王っていう酒をいただいてな。お前と一緒に飲みたくて、やってきたんじゃ。」

「なんだ、十兵衛、、、ヒィッく、、、これはどういう風の吹き回しだ。白石から2時間もかけて、この落ちぶれたオレを笑いにきたのか?そうか、明日になれば、もう二度と会えないからなっ!」

「常、何を自暴自棄になっているんだ。よく聞け、オレもサン・フアン・バウティスタ号に乗ることにした。親友のお前を、一人で異国に行かせられないしな。それに、オレも異国っていうのを、この目で見てみたいんだ。」

「十兵衛…」

「よし飲むぞ!生まれ故郷で、最後の酒盛りだ!これ、みんなこっちに来い!」

十兵衛が声をかけると、三味線や笛、太鼓を抱えた者たち、遊郭の女たちが、ぞくぞくと家に入ってきた。

チャンチャラ、チャッ、チャ、チャラチャラ、ドン・ドン、ピーヒャラ、ドン・タカ、ピーヒャラ、ドン♪

「よし、今宵は無礼講じゃ~。みんな、飲め!」

チャンチャラ、チャッ、チャ、チャラチャラ、ドン・ドン、ピーヒャラ、ドン・タカ、ピーヒャラ、ドン♪

暗闇が深くなるのに反して、宴はどんどん盛り上がり始めた。
かくして常長は、この旅で唯一心を許せる友を手に入れたのあった。

第3章

~エスパーニャへ 第3章~



潮風が爽やかな、月の浦港。
カモメが青い空を泳ぎ、カツオが蒼い海で小魚を追う。
白い雲がアクセントになって、青と蒼の色合いがよりいっそう引き立つ。

白いキャンバスに青を描いたのか、青いキャンバスに白を描いたのか、と一瞬考えようとしたが、そんな事はどっちでも良い事に気づく。
そんな気持ちの良い一日の始まりに、支倉常長の長い長い旅も始まった。

「う゛~、頭が…二日酔いだ…」

「船に乗れば船酔いになるのだから、二日酔いも船酔いも一緒じゃ!」

「う゛~」

「急がねば、船が出てしまう!十兵衛、早く起きろ!」

「常、お前が使節団の団長なんだから、お前が行くまで船は出んよ。もう少しだけ…」

「つべこべ言うな!起きて、早く仕度をしろ!」

昨夜、月を眺め、歌い、酒を呑んでいたら、いつのまにか月が太陽に変わり、あっ、という間に出航の時間が近づいていたのだ。
ドタバタと馬を駆けらせ港に着くと、すでにガレオン船サン・フアン・バウティスタ号の準備は整っており、出店と見物客も大勢集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

常長一行が港に到着すると、その人混みがまるでモーゼの十戒のように真っ二つに割れた。
それもそのはず、侍たちの後に続いてきたのは、10名ほどの三味線を持った楽団、そのまた後ろには遊郭の女達が10名ほど続いているのだ。
昨夜の酒の席で、長い航海にはエンターテイメントがかならず必要になるはずだ、と、常長と十兵衛の話はまとまり、急遽、彼らも誘うことにした。
彼らも彼らで、異国への豪華な船旅に行く気はないか?、と誘ったら、2つ返事で了承したのだった。

「ハセクラ サン、コノヒトタチハ ダレデスカ?」

ルイス・ソテロが、微妙な表情を浮かべ、常長を出迎えた。

「話は後だ。まず、殿に、挨拶に行かねばならん。この者達を、こっそり乗船させてくれ。この旅の成功は、彼らにかかっていると言っても過言ではないんだ。」

「シャミセン ギター ト キレイナ フク ヲ キタ オンナ ガ デスカ?」

「そうだ!」

「シャミセン ギター ト キレイナ フク ヲ キタ オンナ ガ デスカ?」

「そうだ! 同じ事を2回聞くな。私は、今、急いでいる。とにかく、乗船させてくれ。」

「ワカリマシタ…、シカシ、セキニン ハ ハセクラ サン ガ トッテクダサイヨ」

「わかった。」

頭の固い宣教師だ。
自分こそ着物の着かたもわからずに、訳のわからぬ異国の「服」などというチャラチャラしたものを着てるくせに。
そもそも、あいつに指図される覚えなどない。
まったく、本来なら朝食前に井戸の水で体を清め、それから温麺(うーめん)で朝食をとり、心身ともに落ち着いた状態で、仙台藩で最後になるかもしれない朝をおくる予定だったのに、、、あいつらのおかげで、朝食すらとれなかった。
とにかく、まずは殿に挨拶せねば。
丁度その頃、伊達政宗一行も月の浦港に到着した。

「殿、支倉常長が参りました。」

「そうか、常長よ、近こうよれ。」

「殿、この度は私にこのような名誉を与えて頂き、感謝しております。必ずや、スペイン、ローマの地を踏み、通商交渉を成功させて参ります。」

「常長よ。伊達の未来はお前に託されている。これが成功すれば、この伊達政宗は徳川を、いや亜細亜までをも支配する力を手に入れることができる。それゆえ、失敗は許されない。わかるな、この意味が?」

「御意のとおり。この常長、命に代えても、必ずや成し遂げて参ります。」
「うむ。すべて必要なモノは船に積んである。常長、伊達の輝ける未来を、手に入れてくるのじゃ!」

こうして、慶長18年(1613年)、ある晴れた9月、のちに「慶長遣欧使節」と呼ばれることになる支倉常長の一行は、石巻の月の浦港を出航したのだった。

第4章

~エスパーニャへ 第4章 大海原編~


航海10日後 ・・・太平洋上・・・

「今日も、カツオが大漁だべぇ~。」

「いち、にい、さん…70匹もいる。ほっほっほ~。」

「おっ、これが一番旨そうだぁ~」

「これを、おりんに食べさせるべぇ~」

「今日は、どうしようか?」

「う~ん…」

「やっぱり釣りたては、刺身が一番うめぇべ!」

「だけど、あつあつゴハンに、刺身をのせて、その上にミョウガと醤油と山葵をちょこっと。そこに、熱いお茶をサッとかけると、カツオがほんのりとしゃぶしゃぶ風になって、うめぇ~んだよな~。」

「これで、あいつもオレにゾッコン惚れるだろうなぁ~」

「平吉さんって、ほんと釣りが上手なのね~。こんなに美味しいカツオは今まで食べたことがありませんわ~。たくましい海の男って、、、なんだか、ス・テ・キ。なんて抱きついてきたりして。」

「いや~、ほんと、おりんが十兵衛様と一緒に船に乗ってきたときには、ビックリしたなぁ~」

「こんな男だらけの船に何ヶ月もいなきゃいけないなんて、拷問以外のなんでもねぇからな。」

「そしたら、めんこい遊郭の女が10人も船に現れたんだ。」

「その中でも、おりんは、一番めんこいなぁ~。」

「なんつうか、あの目つき、立ち振る舞い、ちょっとした仕草、喋り方、が他の女とは全然違う。」

「オレぁ~、わかんだ。あれは、そこら辺の遊郭の女とは違う。」

「気品があるというか、でも、その中に色気があるんだなぁ~ありゃ。」

「いやぁ~、おりんは、ほんとめんこいなぁ~」

「うふふふ」

この独り言は、平吉である。
石巻の漁師の家に生まれ、これまた自分も漁師になるという、東北の田舎ではあたりまえの人生を送ってきた30才の色黒の男。
しかしながら、これがまた無類の「色情狂」で、片っ端から村の女に夜這いをかけるものだから、とうとう村の役人達に捕まってしまい、島流しにされるところだった。
そして、他の船員と同様、罪を免除されるかわりに、この船に乗ったのである。

「また、平吉がブツブツ言ってるのか。まったく色情狂が。食料が増えるのは、ありがたいのだがな。しかし7日間連続で朝昼晩、カツオの刺身っていうのも、考えものだぞ。なあ、常」

「十兵衛、しかたがあるまい。この航海は、何ヶ月かかるかわからんのだぞ。食料があるにこしたことはない。」

「常よ。船の食料庫を見ただろ。米と麦が50俵づつ。水が50樽。酒が50樽。きゅうり、カボチャ、スイカ、にんじん、なす、ごぼう、じゃがいもなどが山のように積んであって、日持ちする魚の干物や、温麺だって大量にある。おまけに、牛が20頭と豚が20頭いて、新鮮な牛乳も飲める。食料が無くなったら、その肉だって食えるし、水は雨水をためればいい。何の心配をする必要があるんだ。このガレオン船サン・フアン・バウティスタ号は、とてつもなくデカくて、頑丈なんだ。嵐がきても大丈夫だよ。」

「相変わらず能天気だな~、十兵衛は。オレはな、政宗様から預かった使命があるんだ。なんとしても、ローマに行かねばならんのだ。」

「それはわかるが、まだ先は長い。今からそんな調子では、体がもたんぞ。」

「わかっている。わかってはいるが、何かせんと落ち着かんのだ。それはそうと、これからルイス・ソテロとエスパーニャ語の勉強だ。ローマに到着するまでに、なんとか習得しなければならん。十兵衛、おまえも勉強するんだぞ。」

「あいつなぁ~。ここぞとばかりに、偉そうにしやがって。昨日なんか『ジュウベエ サン、シッカリ エスパーニャ ノ コトバ ヲ オボエナイト、エスパーニャ デ マイゴ ニ ナリマスヨ。ハハハハ』だって。 ほんと、腹の立つ男だ!」

「まあまあ、しょうがないじゃないか。あいつしかエスパーニャの言葉を喋れないんだから。しばらくの辛抱だ。」

「エスパーニャ語を覚えたら、あいつを餌にして、デカイ魚を釣ってやる。」

サン・フアン・バウティスタ号には、180名ほどの乗員がいる。
午前中に、各々が船の掃除や剣の稽古、一部の侍達がエスパーニャ語の勉強をする。
それが終わると、何もやることがない、いわゆる自由な時間が、果てしなく続く。
たいがい、酒盛りが始まり、楽団が三味線を弾いて歌い、遊郭の女たちが踊りだす。
そんなことばかりしているから、すでに酒10樽は空っぽ。
男は女を口説き落とそうとはしゃぎだし、女はそれを軽くいなす。
男はふられても、ふられても、また口説きにいく。
他にやることがない、果てしなく続く時間。

果てしなく続く、海原。
潮風と、波の音。
時々、カモメの鳴き声。

それ以外には、ほとんど音の無い静寂な海の上を、サン・フアン・バウティスタ号がチンドンヤのように賑やかに進んで行く。
しかし、賑やかな中心にある三味線の音色だけは、潮風に湿って、故郷を思う女のように、もの悲しく聴こえる。

第5章

~エスパーニャへ 第5章 大海原編~

航海20日後 ・・・太平洋上・・・

太平洋のど真ん中というのは、色彩が乏しい。

太陽に照らされた海と空の青。

月に照らされた海と空の黒。

太陽と月が入れ替わる時に海と空の狭間で輝く紅。

それらの中を、白い雲がふわふわと漂う。

雲というのは、形があるようで形がない。

いつ現れて、いつ無くなるのか。

まるで、移り行く人の心のように。

乙女心のように。


「おりん、また、雲を眺めているのか?」

「竹山(ちくざん)様、どうしていつもお分かりになるのですか?」

「この竹山、目は見えぬが心は見える。お前の周りの風が、ざわざわと騒いでおるわ。」

「竹山様には、隠し事ができませんね。今、津軽の風景を思い浮かべておりました。」

「そうか。お前に出会って、もう5年になるかのう。」

「はい。私のせいで、竹山様まで津軽を離れることになってしまい、申し訳ございません。」

「な~に、自分を責めるんじゃない。この老いぼれも、ちょうど異国っていうのを見てみたくなってなぁ。まあ、実際には見えないのだがなぁ。はっ、はっ、はっ。」

「いえ、私が竹山様の目となり、異国の風景をすべて語っていきます。」

「おりんは、優しい子じゃのう。」


おりんは、伊達家を守る忍びの一族で生まれ育った。

幼少より暗殺術はもちろんのこと、生け花や茶道など、城の大奥での立ち振る舞いや作法を徹底的に教育されてきたのである。

目的は、ただ1つ。

江戸城に密かに侵入し、家康を暗殺すること。
そして、徳川に代わり、伊達が天下統一をするのだ。

14才の時、江戸城へ入り、あと少しで家康の首を取れるところまで近づいた。
が、しかし、あと一歩のところで失敗し、逃亡生活を余儀なくされてしまったのだ。

失敗は許されない世界。

当然、忍びの一族や伊達家も助けてはくれない。
助けてしまえば、徳川への謀反がバレてしまうからである。

おりんは、闇に葬られるべく、徳川や伊達、忍びの一族からも追われる身となってしまったのだ。
北へ、北へと逃げ、八戸に着いた時、空腹と疲労で山の中でとうとう倒れてしまった。

そこに通りかかったのが、盲目の三味線奏者「竹山(ちくざん)」率いる、旅芸人一座なのである。

竹山は、おりんに何も尋ねなかった。

代わりに、せんべい汁を与え、唄と踊りを教え、新しく生きる術を与えてくれた。
そして、おりんは容姿を変えて、旅芸人一座と共に村から村へ、都から都へ、と流れた。

村では一座の演奏にあわせて唄い踊り、都では人目につかぬよう遊郭の女郎になりすまし、そうやって5年の月日が経ったのである。

数週間前、とある侍の屋敷に呼ばれ、一座は唄と踊りを披露していた。
その際、船の旅に同行しないか、と誘われたのである。
しかも、エスパーニャという異国の地への旅だという。

おりんには、千載一遇のチャンスだった。

異国に行けば、さすがに追っ手もこないだろう。
これで、もう逃亡生活もしなくてよい。
しかし、私のせいで、異国への危険な船旅に一座を巻き込むことはできない。

どうすれば、いいのだろう?

そう思った瞬間、竹山はすでに返事をしていた。
もちろん、竹山はおりんの過去について一度も尋ねたことはない。
おりんも、自分の過去を誰にも話したことはない。

しかし、竹山は全て知っているように思われた。

彼は盲目であるがゆえ、人の目では見えないものが見えている、と一座の者たちはいつも話している。

竹山の奏でる三味線の音色は、閉ざされた人の心を開き、暗闇の中で音色の鮮やかさを広げ、母親に抱かれているような安心感を与える。

それゆえ、聞く者の心に響きわたるのだ、という。

本当のところは、誰もわからないが、確かに彼は何か不思議な力を持っている。

そして今、竹山一座は、支倉常長率いるサン・フアン・バウティスタ号に乗船しているのだ。


「おりん、あっちでまた平吉が呼んでおるぞ。」

「まあ、平吉さんったら、また大漁だったのかしら。」

「なんだかんだ言われてはおるが、あやつは心優しい青年じゃ。たしかに、少し変わったところはあるがの。」

「お~い、おりん。今日は、でっかいマグロが釣れてなぁ。マグロのわっぱ汁を作ったんじゃ。鱈じゃなかったのが少し残念なんだけんど、マグロのわっぱ汁もうめ~ぞ~。早よ、こっちさ来~い。」

「お~、こりゃ、うまい、うまい。」

「毎日毎日カツオの刺身にも飽きてきたところだったんだ。」

「みんな、こりゃうまいぞ!」

「どれどれ、おいらにも食わせてけろ。」

「おい、こら、こら、こら。お前ら。これは、おりんのために作ったんだ。そんなにガッツくな。おりんの分が無くなってしまうだろ!」

「ほ~、平吉も、わっぱ汁なんて、粋なものをこさえたもんだ。おりん、わしらも食べにいくか。」

「はい、竹山様。」

さっそく、わっぱ汁を囲んで、酒盛りが始まった。

太陽が傾き、月が頭を出してきた頃、いつものように竹山の三味線がおもむろに鳴り始める。

「これは私が一番好きな、津軽よされ節だわ。」

三味線の音色とおりんの歌声が、終わりの無い地平線に広がっていった。


ハアー 
津軽よいとこ~ 
おいらの国よ~

ハアー 
春は桜の弘前よ~ 
盃片手に眺むれば~ 
霞に浮かぶ津軽富士~

ハアー 
夏はそよ風波静か~ 
大渡瀬(おおどせ)深浦浅虫よ~ 
中でも際立つ十和田湖や~

ハアー 
黒石在は秋の頃~ 
続くりんごの紅園に~ 
流れる乙女の~ 
国の唄~


第6章

~エスパーニャへ 第6章 大海原編~


航海30日後 ・・・月明かりの太平洋・・・

満月の光は、聖書を読むための灯りとなり、

半月の光は、焚き火の炎と共に食事の準備の灯りとなり、

三日月の光は、心の闇を写し出す一筋の灯りとなる。

「なんという静寂と安らぎなのだろう。漆黒の海に輝く満月。その満月を守るように広がる、無数の星々。まさに主イエスキリスト様の周りに集う、私達、宣教師のようだ。この世の始まりがあるとするならば、このように創造主が暗闇に光を与えてくれたのだろう。おおっ、なんと素晴らしいのだ!アーメン」

ルイス・ソテロが、故郷のエスパーニャ・セビージャを離れ、フランシスコ会の宣教師として亜細亜へ旅立ってから、彼是10年以上の月日が流れていた。

フィリピンで日本人キリスト教徒に出会い、そこで日本語を学んだのが、運命の分かれ道だった。
というのも、日本に到着後、徳川家康に謁見し、日本での布教を認められたのだが、徐々に布教が禁止されキリスト教は弾圧を受け始めた。

その頃、ルイスソテロは北の大地に布教に赴き、伊達政宗に布教を認められていた。

一度は、弾圧が厳しくなり捕らえられたのだが、以前、座礁難破したフィリピン総督ドン・ロドリゴとの通訳や斡旋などの実績から語学能力や知識をかわれ、伊達政宗の助命嘆願により赦されたのだ。

そして今、伊達政宗より慶長遣欧使節団の正使に任命され、支倉常長と共に故郷エスパーニャへと航海している。

「もうすぐ故郷のエスパーニャへ戻れる。セビージャの、みんなは元気だろうか。ああ、懐かしのガスパッチョ。真夏の暑さには、やはり冷たいスープ・ガスパッチョが一番だ。日本でも、冷汁やら冷麦やら夏の冷たい食べ物はあったが、ガスパッチョに適うものはない。あの、いくつもの夏野菜をミックスした濃厚なスープ。隠し味のレモンやガーリックも忘れてはいけない。スープに直接氷をいれて冷やし、パンと一緒に食べる。ああ、ガスパッチョよ。それにしても、早く刺身とかいう生魚を食べる、野蛮な食事から開放されたいものだ…」

ルイス・ソテロは、どちらかというと貧しい家に生まれた。

フランシスコ会に入ったのも、毎日食事にありつける、という理由が一番大きかった。
初めはそういう単純な理由だったのだが、毎日祈りを捧げているうちに信仰心も強くなってきた。

そんな、ある日、亜細亜(アジア)へ布教に行くよう、宣教師としての役割を与えられたのだ。

しかしこの時、同時に心の奥底に眠っていた野心も、目を覚ました。

亜細亜へ宣教師として赴き成功すれば、ルイス・ソテロの名は有名になり、地位もあがる。

そうすれば、その権力を使って贅沢三昧の暮らしができる。

こんな私でも、やっと千載一遇のチャンスが巡ってきた。これこそ神様が与えてくれた奇跡だ、と思い込むようになったのである。

「この通商交渉さえ成功させれば、私の輝ける未来は約束されている。なんとしても、エスパーニャ帝国の国王フェリペ3世に、この交渉が有益だと認めさせなければ。それには、まず支倉や十兵衛に、完璧なエスパーニャ語を教えなければならない。支倉は、問題ないだろう。彼は、のみこみも早いし、なにより伊達政宗から直々に与えられた使命がある。問題は、十兵衛だ。なんど教えても、丁寧な言葉をまったく覚えようとしない。女を口説く単語や、エスパーニャの歌ばかり覚えようとして、まったく真剣に学ぼうとする気配がない。エスパーニャの国王に謁見するというのに、あいつは何を考えているのだろうか。あれで、支倉の片腕、地位のある侍というからあきれたものだ。このままでは、私の計画の障害になってしまう。何とかしなければ。いっそ、寝てる間に海へ突き落とし、航海中の転落死に見せられないだろうか?いや、あいつは凄腕の剣豪と聞いている。侍のなかでも、ある者は寝ている時でさえ、周りの気配を感じ取れると、聞いたことがある。下手をすれば、海へ突き落とす前に、私が刀で切られてしまう可能性もなきにしもあらずだ。あああ、何か良いアイデアはないだろうか?いや、まだエスパーニャ到着までは時間がある。何か策略を練らねば!主よ、私に力を与えたまえ、アーメン。」

「おい、ソテロ、こんな夜中にブツブツと何をしているんだ?」

「コレハ、ジュウベエ サマ。コンバンワ。ワタシ ハ コノ ウツクシイ マンゲツ ヲ ナガメテオリマシタ。」

「ほう、確かに美しい満月だ。今宵は、十五夜か。団子でもあれば、粋なのだがな。」

「ダンゴ デスカ? コノ ウツクシイ ツキ ハ キリスト サマ ガ ワタクシタチ ニ アタエテクレタノデス。ナゼ ダンゴ ナノデスカ?」

「また、キリストの話が始まったか。いつもお前は、エスパーニャ語とキリストの話ばかりだな。美しい月に、キリストも何も関係なんかあるものか。まったく、付き合いきれん。美しい月は、誰のものでも、誰が創った訳でもないだろう。ただ美しく、夜空に存在している。手が届きそうで、手が届かない。なぜそこにあるのか、なぜ存在しているのか、なぜ美しいのか、わからない。だから、眺めながら、うまい団子を食って、酒を飲むんだ。それが、粋ってもんだろう。」

「イキ デスカ。ワタシ ニハ ヨクワカリマセン。」

「まあ、いい。団子もないことだし、オレは寝るぞ。」

「ジュウベエ サマ オヤスミナサイマセ。」

「あ~ビックリして、心臓が止まりそうになった。十兵衛を陥れる策略を考えたとたん、現れるとは。なんという勘の良さだ。やはり、侮れん男だ。ここは慎重に計画を練らなければ。」

静寂と嵐は、裏表。

今宵の海は凪でも、明日の海は荒れ狂う。

美しい満月の裏側には、狂気の光が輝いている。

第7章

~エスパーニャへ 第7章 大海原編~

航海40日後 ・・・星の太平洋・・・

夜空に輝く、デネブ。
夜空に輝く、ベガ。
夜空に輝く、アルタイル。

夜空のキャンパスに描かれる夏の大三角形、トライアングル、トリオ、ギャンブルの星々。

「よ~し、次はオイラが親だ!」

「まあ、どうせすぐ終わりだよ。」

「一助、またブタだ、ブタだ。」

「ああ~っ、うるさいなぁ、二助も三助も。ほれ、ほれ、ほれ。」

「もういっちょ!よし、きた!」

「よし、こっち、いいぞ!」

「くそ~、手札は2と3か~、このままでは厳しいな…ここは親だし、勝負だ、えい!」

「ほれ、オレはオイチョ(8)だ!」

「俺は、ナキ(7)だ!」

「どうした、一助、早く開けろよ。」

「ほれ!」

「…」

「…」

「…、5」

「わはははっ、一助がまたブタ(0)ひきやがった。」

「はぁ~、なんでオイラばっかり負けるんだよ…。」

「勝負は、勝負。お前の今夜の分の酒は、おれらがもらうからな!」

『花かるた』でオイチョカブをやっている彼らは、一助、二助、三助の3人。
もちろん名前で分かるように3兄弟で、一助が長男、二助が次男、三助が三男。

本来なら、何をやっても長男が一番強くて、次男が二番目、三男は三番目、というのが良くありがちな話なのだが、この兄弟はちょっと違う。

逆なのである。

ようするに、何をやっても三助が一番強く、一助が一番弱い。

一番強いとはいっても、3人の中で強い、というだけであって、世間的には普通というよりは、下の中。
しかも何をやっても要領が悪く、3人ともうだつがあがらない。

そして3人とも、どうしようもないくらいの博打好きなのだ。

そんな彼らなので、せっかく親が残した屋敷も博打の借金の片で失った。

しかし、そんな事で懲りる3兄弟ではなく、屋敷を失った後もヤクザに借金をして博打で大負けし、返せるお金もないので東北中を逃げ回っていたのだ。
3年の逃亡の末、とうとう捕まってしまい殺されかけた時、支倉常長が借金の肩代わりをし身柄を預かったのである。

というのも、彼らの親は、常長の命の恩人。

以前、陰謀に巻き込まれ闇討ちにあった時に、瀕死の常長を家にかくまい看病してくれたのだ。
しかし数ヵ月後、回復した常長が恩を返そうと家を訪ねた時には、彼は事故で亡くなっていた。
山に山菜をとりに行った際、足を滑らせ崖から谷底に落ちてしまった、と3兄弟は泣きながら説明してくれた。

人の人生は、時として皮肉で残酷なものである。

平凡に生活している者が事故で命を落とし、闇討ちにで殺されるはずの者が命を繋ぐ。

呆然となりつつも、何か助けがいる時はいつでも屋敷来てくれ、と兄弟達に伝え、常長はその場を立ち去った。

常長に、身柄を預けられた3兄弟は、しばらくは大人なしく屋敷の手伝いをしていたのだが、ほとぼりがさめてくると、屋敷を抜け出し、また博打にでかけるようになった。

見るに見かねた常長が、エスパーニャまでの過酷な旅に同行させればさすがに博打から手をひくだろう、ということで、身のまわりの世話人として3兄弟を船に乗せたのだ。

「一助、二助、三助!船の上でも、またお前ら博打をしてるのか!」

「常長様、違うんです。誓って博打などしていません。なあ、二助。」

「はい、常長様。ちょうど今、船の仲間たちに『花かるた』の遊び方を教えていたところなのです。そうだろ、三助。」

「はい、常長様。博打なんてとんでもございません。船の上では博打に賭けるものなど何もありません。仕事の合間に息抜きをしていただけです。さあ、一助、二助、そろそろ仕事に戻ろうか。」

「こら、待て待て。お前達、嘘をついて誤魔化すんじゃない。今夜の酒がどうのこうの、と喋っていたのは聞こえているんだぞ。」

「常長様、それは…その…、酒が配給制になったもので…、それで…その…、一助は、あまり酒が好きではないので代わりに私が頂こうと…、そう話していた訳でございます。」

「それは、お前達や船員が毎晩毎晩、大酒を飲んでどんちゃん騒ぎをするもんだから、50樽あった酒がすでに残り10樽になって、しかたなく酒を配給制にしたんだろ、まったく。」

「常長様、おっしゃる通りでございます。そうだな、一助、二助。」

「おっしゃる通りです。」

「何にせよ、その『花かるた』は私が預かる。いいな?」

「常長様、そんな殺生な…。十兵衛様、何とか私どもを助けてくだいよ~。」

「おい、常。そんなに厳しくしなくてもいいじゃないか。酒も少なくなってきていることだし、こいつらにも何か息抜きが必要だぞ。」

「十兵衛、そうは言っても、こいつらの博打好きは筋金入りだぞ。このまま見逃せば、みなが博打ばかりやるようになって、船内の規律が乱れてしまう。」

「十兵衛様、どうかお願いです。ただ、『花かるた』で遊んでいただけで、ほんとに何も賭けていないんです。」

「こら、一助、二助、三助!お前達は黙っていろ。」

「すいません、常長様…」

「それじゃ、常。『花かるた』は、オレが預かる、っていうことで、どうだ?それで毎日、一時間だけ、船員みんなで遊ぶ。もちろん、賭けは無し。そうすれば、息抜きにもなるだろ。」

「…しょうがない。確かに最近、長い船旅のせいかピリピリと気がたっている者もでてきているからな。そこまで言うなら、十兵衛、お前が預かってくれ。」

「ありがとうございます、十兵衛様、常長様。」

「こら、一助、二助、三助。お前達、絶対に賭け事は、するんじゃないぞ。」

「常長様、もちろんでございます。なあ、二助。」

「常長様、もちろんでございます。そうだろ、三助。」

「はい、常長様、もちろんでございます。」

「まあ、よい。お前達、早く仕事に戻れ。」

「はい、常長様。」

「常、そういえば、さっきルイス・ソテロがお前を探していたぞ。」

「そうだった、そろそろエスパーニャ語の勉強の時間だ。十兵衛、お前もちゃんと勉強せねばならんぞ。ルイス・ソテロが、勉強の意欲が少ないと、嘆いておったぞ。」

「わかった、わかった。ちゃんとやるから、早く勉強に行け。」

夜空に輝く、デネブ。
夜空に輝く、ベガ。
夜空に輝く、アルタイル。

デネブが親なら、ベガとアルタイルは子。
一助が親なら、二助と三助は子。
三が3つで、オイチョカブ。

世の中、なかなか思い通りには、いかないもんです。

「おい、一助、二助、三助。今度は、オレが親だ。続きをやるぞ!こら、一助、お前には既に酒2合の貸しがあるからな。」

「はい、十兵衛様」

第8章

~エスパーニャへ 第8章 大海原編~


航海70日後 ・・・太平洋のどこか・・・

夜空に輝く星、北斗七星。
そのすぐ脇に儚い光で輝く星、アルコル。
儚い光は、蜃気楼。

本当に輝いているのか、目が霞んでいるのか。
アルコル、人はそれを死の星と呼ぶ。


「さあ、夕飯ですよ~。はい、順番に並んで並んで!」

「やっと飯だ~、おらぁ、腹が減って死にそうだぞ~。」

「こらこら、一助、二助、三助、ちゃんと順番守れよっ!さあ、おりんちゃん、こっちにどうぞ♪」

「なんだよ、平吉、割り込んでくるんじゃねぇよ!」

「さあさあ、喧嘩なんかしないで。ちゃんと全員分あるから、慌てない慌てない。」

「なんだよ、こりゃ!?芋煮に豚肉が入ってないじゃないかっ!ちゃんと、おらぁのにも豚肉入れてくれよ~。」

「豚肉なんて、もうだいぶ前からとっくに無くなっているのよ。だから、あんただけじゃなくて、みんな豚肉なんて、な・い・の。」

「え゛~、これじゃ、里芋と大根とゴボウだけの汁じゃないかよ。」

「そんなに文句言うんだったら、食べなくていいわよっ!まったく。仙台味噌で味付けしているだけ、ありがたいと思いなさい。」

「え゛~、こんなんじゃ、全然腹がふくれないよ…」

「足りない分は、愛情がたっぷり入っているんだからね♪ それで我慢しなさいっ!あと3日もしたら、味噌もなくなるわよ。」

「は・い…」

長い航海で、サン・ファン・バウティスタ号の食料が遂に底をつき始めてきた。

月の浦港を出航したころは、米と麦が50俵づつ。水が50樽。酒が50樽。きゅうり、カボチャ、スイカ、にんじん、なす、ごぼう、じゃがいも、魚の干物、温麺(うーめん)などが山のように積んであり、おまけに牛が20頭と豚が20頭いた。

これだけあれば、太平洋を横断し、最初の目的地、メキシコのアカプルコまで間に合うと高をくくっていたのだが、計算がズレた。

それもそのはず、あれだけ毎晩酒盛りでドンチャン騒ぎをしていれば当然といえば当然である。

50樽あった酒はとっくに底をつき、今では、麦が5俵と、わずかに残った里芋、大根、ゴボウ、それと日持ちする魚の干物と温麺を残すだけになっている。

ここ10日ほど、雨も降っていないので、水も不足してきており、頼みの綱だった漁師・平吉の釣りも最近はめっきり不漁だ。

本人曰く、海が深すぎて魚が何処にいるのかわからない、と。

しかも連日の暑さで、多くの船員が倒れだしている。

無理もない。大海原の上では、何処にも日陰など無く、逃げ場がないのだ。

今では、唯一の日陰になる狭い船室も、暑さに倒れた船員達で埋め尽くされている。ただ日陰があるとはいっても、船の底の方に位置する船室にはほとんど風は通らず、蒸し風呂のような状態になっている。

倒れた船員達は、かなり衰弱しており、芋煮すら喉を通らなくなっている。

このままの状態が続けば、すぐにでも死者が出始め、船室は死者と病人が横たわる地獄絵図になってしまうだろう。

まさに八方塞がり。

この船旅で、支倉常長が出会う最初の試練がやってきたのだ。


「常、このままでは、まずいぞ。食糧不足とこの暑さで、皆が苛立ち始めている。ここの船員の2/3は、元々罪人だったのを、お前も知っているだろう。この状態が続けば、きっと船内で争いがおきるぞ。」


「それは、分かっている、十兵衛。しかしだ、この大海原のど真ん中で、どうすれば良いと言うんだ?夜になれば暑さも少し落ち着くが、昼間の燦燦と降りそそぐ太陽の下では、オレたち侍と言えど無力だ。せめて雨でも降ってくれればいいのだが…。おい、ソテロ、メキシコまでは、あとどのくらいかかるのだ?」

「ハイ、ハセクラ サマ。 モウ スグ メキシコ ガ ミエテクル ト オモイマス。」

「こら、ソテロ、お前は昨日も一昨日も同じことを言っておったぞ!見てみろ、海と空以外何も見えないじゃないか!何処に陸地があるというんだ?あまり、ふざけたことばかり言っておると、この十兵衛がこの場でお前を切るぞ!」

「ジュウベエ サマ、ホントウ ニ モウスグ ナノデス。ワタシ ガ ニホン ニ キタトキ、ツキ ガ ノボル カイスウ カゾエマシタ。メキシコ カラ ハチジュウ カイ ツキ ヲ ミマシタ。ダカラ モウスグ デス。」

「十兵衛、まあ、落ち着け。お前まで、苛立ってもしょうがないだろう。ここは、ソテロの話を信じるしかない。ソテロ、月の浦港を出てから、今夜で月が昇るのは何回目だ?」

「ハセクラ サマ、アリガトウ ゴザイマス。コンヤ デ ツキ ヲ ミルノハ、ナナジュウ カイ デ ゴザイマス。」

「そうか、ということは、メキシコまで、あと10日前後か。食料も、船員達の気力も、ギリギリだな。せめて、船員達の気力だけでも、戻ってこればいいのだが…。」

「常、衰弱した船員達は、芋煮も喉を通らないと言ったな?」

「そうだ。」

「それでは、今後、ますます衰弱してしまう。今夜、暑さが和らいだところで、全ての温麺を料理させよう。それを、海水で冷やして食べさせるんだ。温麺っていうのはな、油を一切使っていないので、病中食にもなるんだ。これは聞いた話だが、昔、親孝行の息子が、胃腸の弱い病気の父親の為に、旅の僧侶から作り方を学んだらしい。ツルツルした食べやすい麺で、油を使っていないもんだから、病人でも食べやすく、父親がみるみる元気になっていったそうだ。しかも、この温麺なのだが、断食の修行を終えた僧侶が、一番最初に食べる食事、とされている。まあ、何はともあれ、病人にはうってつけの麺っていうことだ。海水で冷やせば、もっと食べやすくなるだろう。」

「わかった。それでは、今夜、すべての温麺を料理して、衰弱した者達に与えよう。」

その夜、船室に横たわっていた船員達は、全員甲板に集められ、海水で冷やした温麺を与えられた。

すると、今までまったく食事が喉を通らなかった者たちが、ツルツルと麺を食べ始め、土色だった顔にも少しづつ生気が戻り、安堵の雰囲気が船に漂い始めた。

そして、全員が温麺を食べ終わる頃、先頭に一人の人影が現れた。

「皆の者、聞いてくれ。私は、政宗様より、大切な使命を承っている。その為には、どうしてもエスパーニャへ辿りつかなければならない。これは、必ずや伊達藩の未来を左右するだろう。伊達藩の未来、すなわち、君達が故郷に残してきた家族の未来だ。それと、もう一つ大切な使命がある。それは、君達を無事に家族のもとに帰すことだ。もちろん、簡単なことだとは思ってはいない。それは、君達も分かっているだろう。しかし、今、この現状を乗り越えなければ、我らに未来がないというのも、事実だ。月の浦を出航して、今夜で70日目になる。あと、10日持ちこたえれば、メキシコに到着する。そこには、食料、水、薬、すべてが揃っている。温麺は今夜の分で全て無くなった。この船の食料も、残りわずかだ。しかし、あと10日、この苦境を耐えて生きてくれ。伊達藩の未来の為に、故郷の家族のために!」

「そうだ、そうだ、絶対生きて故郷に帰るぞっ!」

「おらぁ、必ず、おっかあの所に戻るんだっ!」

「くそ~、こんな海の上で死んでたまるかっ!」

「そうだ、そうだ、次に故郷に戻ったら、もう博打からは綺麗に足を洗って、商売を始めるんだ!なあ、一助、二助。」

「おうよ!」

「オラは、絶対に、おりんと二人で暮らすぞ~!」

「これこれ、平吉、それはちょっと先走り過ぎではないのか。」

「おりん、平吉があんなこと言っておるぞ~。どうするんだ?」

「私には、まだ分かりません…。」

「あ~っ、平吉がおりんにまた振られた。」

「ワハハハハッ」

「常、良い演説だったぞ。皆の顔に、生気が戻ってきたな。これで、なんとかメキシコまでは持ちそうだ。」

「なんとか、だな。しかし、十兵衛、油断は禁物だぞ。あと、10日、何が起こるかわからない。」

「わかっている。」


儚い輝きの、アルコル。
蜃気楼の先に見えるのは、希望の輝き。
死の星を、一周すると、生の星に。
儚い輝きは、新たな命を育む。

第9章

~エスパーニャへ 第9章 大海原編~


航海80日後 ・・・太平洋と嵐・・・

海の深さは、闇の深さ。
闇の中では、星さえ見えぬ。
光は、灯り。
自分を失い、針路も失う。

「あ゛…」

「う゛…」

「わ゛…」

「一助、うるさいっ!静かにしろっ!」

「あ゛…」

「う゛…」

「わ゛…」

「だ・か・ら、うるさいっ!あ~、イライラする。それを、やめないとぶっとばすぞ、一助!」

「しょうがないだろっ、三助!3日間、何も食べてないんだからっ!水もないし、暑いし、ほっといてくれ!」

「何だと~っ!」

「ほっといてくれって、言ってるんだよっ!」

「何も食べてないのは、おらぁだって一緒だっ!とにかく、お前は『あ゛~』とか「う゛~』とか、うるさいんだよっ!」

「あ゛~、って言ってる方が、黙っているより気がまぎれるんだよっ!黙ったところで、どうせ波の音しか聞こえないじゃないかっ!」

「だ・か・ら、その『あ゛~』が、イラつくんだよっ!」

「だったら、三助が向こうに行けばいいだろっ!」

「何だと~っ!」

「これこれ、お前達、喧嘩はよせ。お前達の言い争いが、一番うるさいぞ。ただでさえ、食料が底を尽いて、皆がまいっているんだ。少しでも、体力の無駄遣いはよせ。」

「十兵衛様、すいません。だって一助が黙らないから…」

「三助が、言いがかりをつけてきたんだろっ!」

「これこれ、だから喧嘩はよせ。もうすぐ、メキシコが見えてくるはずだ。もう少し、辛抱せんか。」

「十兵衛様、そんなことを言っても、全然、陸が見えないじゃないですか。」

「いや、もうすぐ見えてくるはずだ。騒いだところで、ここは海の上。どうしようもないことは、お前達もわかっておるだろう。どちらにせよ、我々は前に進むしか道はないのだ。」

「それはそうですけど…」

「ところで、平吉、魚は釣れたか?」

「十兵衛様、全然ダメです。たぶん、ここら辺の海にいる魚は、石巻辺りの魚とは種類が違うんだと思います。魚の習性が違うので、オラの釣り方ではダメなんです…。」

「そうか。しかし、あきらめないでくれ。今となっては、お前が頼りだ。」

「わかりました。今、釣り方を他の者にも教えて、20人でやっていますが、もっと人数を増やしてみます。」

「平吉、頼んだぞ。」

船内に残された食料も、とうとう底をつき、空腹との戦いが始まった。
イライラしだす者、
ブツブツとうわ言をしゃべる者、
喧嘩をしだす者、
横になったまま死んだように起き上がらない者、
船の一部をナイフで削り、その木片を食べだす者、
一日中、釣竿を海にたらす者。
徐々に、船内の秩序は崩れ始めてきた。

人間の本能とは、恐ろしいものである。
ほとんどの船員の思考は空腹によりどんどん鈍くなり、秩序を守る、目的を果たす、といったことは、本能の前ではあまり意味のないものになっていく。
逆に表に出始めるのが、生存するため、奪う、争う、という、動物と同じ生存本能。
中には、理性と生存本能が互いにぶつかり合い、生存本能を理性が押さえつけようとするが押さえつけられず、精神がバラバラに絡み合い、無気力に寝たままになる者も現れる。
その中で、幼少より厳しい鍛錬を生き抜いてきた、支倉常長や熱海十兵衛などの侍の一部が、唯一、理性を保っていた。
それもどのくらい持つのか、誰にもわからない。
ソテロが言った、メキシコ・アカプルコまでの80日間の航海。

今日が、その80日目。

10日前、すでに船員たちは長い船旅の疲れと食糧不足で、憔悴していた。
それを支倉常長が、あと10日の辛抱でメキシコに到着すると、船員達を鼓舞したのだ。

メキシコには、沢山の食料があり、水も酒もたっぷりあると。
最後の希望にしがみつき、あれから10日間生き延びてきた。
しかし、その希望すら崩れ始めている。
希望を失った人間は、どうなっていくのだろうか?
考えることをやめるのだろうか?
狂ってしまうのだろうか?
空と海と船と人がくっついて、一つになるのだろうか?
奇跡を夢見るようになるのだろうか?
答えはわからない。
もしかしたら、答えは全部かもしれない。
どちらにせよ、人間として、集団として、理性として、の境界線を、もうすぐ通り過ぎようとしていた。

「常、もう船員達は限界だ。ここまでかもしれないな…。我らの命運も、とうとう尽きそうだ…。」

「十兵衛、オレは、まだあきらめんぞ。武士として、こんなところでは死ねない。全員、必ず生きてメキシコへたどりつくんだっ!」

「そうは言っても、お前もわかっているだろう。食料も水も、もう無いんだ。陸だって、どこにも見えはしない。我らは全員、ソテロに騙されたんだよ。」

「そんなはずはない。だいいち、このままでは、ソテロだって餓死するではないか。針路は間違っていないはずだ!」

「シュヨ、マヨエル ワレラニ スクイノ テ ヲ、ヒトスジ ノ ヒカリ ヲ アタエタマエ、アーメン」

「ソテロっ!よくもいいかげんな事を言ってくれたな。明日になっても陸が見えないようなら、お前は、オレが切るっ!」

「ジュウベエ サマ、マッテクダイ。モウスグ メキシコ ニ ツク ハズ ナノデス。」

「え~い、うるさいっ!お前は、そればっかりではないかっ!」

「十兵衛、待て。ソテロを切ったところで、何も解決はしない。他に、解決策を考えるんだ。」

「今さら、何を考えるというんだ?考えたところで、何も解決はしないさ!」

この時、突然、澄んだ歌声が、突風に運ばれて聞こえてきた。

《この見ゆる~ 雲ほびこりて~ との曇り~ 雨も降らぬか~ 心足らひに~》

「常、聞こえたか?」

「ああ、十兵衛、この歌声は何処から聞こえてきたんだ?」

「船頭の方だ…、常、見てみろ!おりんが竹山の三味線に合わせて、何か唄っているぞ!」

《この見ゆる~ 雲ほびこりて~ との曇り~ 雨も降らぬか~ 心足らひに~》

「これは…、古くから伝わる、雨乞いの唄。」

「常、おりん達の後ろを見てみろっ!そうだ、向こうの空だ。何か、黒い雲が広がっているぞ!」

「まさか…、本当に…、こんな唄で雨雲を呼べるのか?」

「そんなことは、どうだっていいっ!あああ、雨だっ!雨が振ってきたぞ。皆のもの、早く桶を用意するんだ!一助、二助、三助、早くしろ、水だ!」

「十兵衛様、わかりましたっ!」

「あああ、水だ水だ!口をあけると水が入ってくるぞ~。」

「一助、遊んでいないで早く桶を用意しろっ!」

「久しぶりの水なんだから、少しくらいいいだろ~」

「二助も、遊んでいないで早く桶を用意しろっ!」

「三助、久しぶりの水なんだから、少しくらいいいだろ~」

「そうだな、ワハハハッ♪」

「こら、バカ3兄弟。早く桶を用意しろ。せっかく、おりんちゃんが雨を降らせてくれたんだから。」

「平吉が、用意すればいいだろ!」

「あとで欲しがっても、お前らにはやらないからな。この桶は、おらとおりんちゃんの分だ♪」

《この見ゆる~ 雲ほびこりて~ との曇り~ 雨も降らぬか~ 心足らひに~》

「十兵衛、あの雨雲の先に何か見えないか?雨雲にしては、ちと大きすぎると思うのだが…」

「常、あれは陸だっ!陸だっ、メキシコだ!」

「陸?本当か?我らは遂にメキシコに辿りついたんだな?」

「そうだ、常。遂にメキシコだ!」

「シュヨ、アリガトウゴザイマス、アーメン」

「皆のもの、メキシコだ~!」

星さえ見えぬ、闇の中。
すべてをあきらめる者、それでもあがく者。
奇跡を見る者、それは希望の先を見つけた者なのかもしれない。

第10章

~エスパーニャへ 第10章 メキシコ編~


・・・ メキシコ(新エスパーニャ)のアカプルコ上陸 ・・・

「皆のもの、とうとう我らはメキシコに到着したぞ!ここには、水も、食い物も、酒もたっぷりとある。さあ、もたもたせずに、早く船を岸につけるんだ!」

「かしこまりました、支倉様。」

「やったな、一助。」

「やっとメシが食えるな、二助。」

「ああ、ここのメシはうまいかな?なあ、三助。」

「こら、バカ3兄弟。メシの話ばかりしてないで、ちゃんと綱を引けよっ!船がなかなか岸につけないだろ!」

「平吉こそ、ちゃんと綱を引けよ。お前は漁師のくせに、腰が入ってないんだよ、腰が。」

「お前たちに言われたくないわっ!」

「こらこら、またお前達か…。どうでもいいが、口ばかり動かしていないで、ちゃんと手も動かせっ!」

『はいっ、十兵衛様』

「常、とうとう到着したんだな。メキシコへ。」

「そうだ、十兵衛。ここが俺たちの最初の目的地、メキシコだ。」

「ハセクラ サマ、セイカクニハ エスパーニャ ノ コクオウ ガ オサメテイルノデ、ココハ 『シン エスパーニャ』 トイウ ナマエデス。ソシテ ワタシタチ ガ ツイタ バショハ 『アカプルコ』 トイウナマエノ ミナトマチ デス。」

「そうか、新エスパーニャと申すのか。これから、この地を治める者に謁見しなければならないな。」

「シン エスパーニャ ノ ソウカン ハ ドン・アントニオ・ロドリゴ サマ デス。スデニ レンラク ハ トドイテイル ノデ、アウ テハズ ハ トトノッテイル ハズデス。」

「この国では、藩主の事を総督と言うのか。それにしても、ドン・アントニオ・ロドリゴというのは、どうも言いにくい名前だな。」

80日間の航海の末、支倉常長の一行はメキシコに到着した。
メキシコは当時、世界でもっとも強大な力を持つエスパーニャ(スペイン)の植民地になっており、新エスパーニャと呼ばれていた。

そして、一行が到着したアカプルコは、マニラやフィリピンなど東南アジアと貿易をして栄えた港街のひとつ。

エスパーニャ人や、メキシコ原住民のインディオ、マニラやフィリピン人など、国際色豊かな人々で溢れかえっていた。
街には、いろいろな国から集められた艶やかな絹の服を売る店、甘い香りがする南国の果物を売る店、新鮮なこれまた色彩豊かな鮮魚を売る店、などが所狭しと並び、ものすごい活気で溢れている。

無敵艦隊と呼ばれたエスパーニャの船々は、大西洋を越え太平洋までをも我がものとすべく、すでに東方の国々までも植民地にするほどに強大になっていたのだ。

しかし、いつの時代にも、活気のある街にはいろいろなタイプの人間が集まってくるもので、騙して商品を盗むもの、金品を強奪する盗賊の輩達も多く、治安も一概に良いとは言えなかったのである。

「一助、なんだか甘~くてイイ匂いがするな~。」

「二助、これは赤い林檎のような果物だけど、林檎とはちょっと違うな~。なんだろうな?」

「あ~、なんだかわからないけど、モグモグ…甘くて、モグモグ…熟してて、モグモグ…とにかくおいしい~。」

「なんだよ三助、もう食べてるのかよ。おらも、一つ食べるぞ~。」

「お前らバカ3兄弟は、まったく食うことしか考えてないな。」

「なんだよ、平吉。お前だって、食うこととおりんちゃんの事しか考えてないだろうっ!」

「うるさいなぁ、モグモグ…あっ、あ・ま・い♪これは、おりんちゃんにも食べさせてあげねば。おりんちゃ~ん♪」

「もう、平吉さんたら。竹山(ちくざん)様、私達も行ってみましょう。さあ、私の手につかまって。」

「おりんや、すまないね。この盲目の老人が足手まといにならなければいいのじゃが。」

「何をおっしゃっているのですか。私が竹山様の目になると言ったではないですか。」

「おりんは優しいのぉ。しかし、ここの町には奥州で嗅いだことのない匂いが多いな。たしかに甘くて良い香りがするの~。」

「ミナサン、コレハ マンゴー トイウ クダモノ デスヨ」

「さすが異国の地には、珍しいものが沢山あるな。常、俺たちも食べてみるか。」

「ああ。それよりも十兵衛、さっきから俺たちをつけてきている奴がいるのに気づいたか?」

「なあに、ここの者達にも侍の姿が珍しいんだろ。」

「それはそうなのだが、何か嫌な気配がする。」

「また気にしすぎだろう。とりあえず、お前もマンゴーとやらを食ってみろ。」

その時である、インディオの盗賊達が鉈のような刃物を手に持ち、なにやらエスパーニャ語で奇声を発しながら突進してきた。

《ディネーロ!ディネーロ!》

「十兵衛、敵襲だっ!ソテロ、奴らは何を叫んでいるんだ?」

「ハセクラ サマ、ヤツラ ハ カネ ヲ ダセ、ト イッテイマス。」

「十兵衛、刀をぬけっ!」

「おうよ。まったく、メキシコに着いた途端これか。こいつら、たたっ切ってやる!」

「わああああっ、一助、二助、三助、逃げろ~。」

「わあああっ、平吉っ!」

「お、お、おらは、おりんちゃんを守るんだぁ~!」

「平吉さん、早く、私の後ろに隠れて。竹山様も早く。」

「え、えっ!?なんで!?おらが、おりんちゃんを守るのに…。」

「いいから、平吉さん、早く。竹山様も。」

「おりんや、わしもまだまだ、そこまで老いてはおらぬぞ。」

一瞬の出来事だった。

十兵衛が刀を抜いた瞬間、盗賊2人が倒れ、返す刀でまた2人が倒れた。
支倉を襲った盗賊3人も、あっという間に斬られ、うつ伏せに倒れた。
驚いたのが、おりんと竹山を襲った盗賊である。

おりんは、盗賊の鉈の一振りを蝶のようにフワッと宙に舞ってかわし、素手で盗賊の腕を捕まえたかと思うと、一瞬で肩の関節をはずしそのまま地面に叩きつけた。次に襲ってきた盗賊には、何やら蜘蛛の糸のようなものを首に巻きつけ、そのまま締め上げてしまった。

竹山が三味線の柄の部分をひねると、そこから仕込み刀が現れ、一振りで3人の盗賊が倒れてしまった。
それを見た残りの盗賊たちは、予期せぬ反撃に慌てふためき逃げていってしまった。

「平吉さん、大丈夫でしたか?」

「お、お、おりんちゃん、今、フワ~て舞って、バキバキッて。え、え、どうなっちゃったの!?」

「平吉さんが、無事で良かった。竹山様も、ご無事で。」

「ほ~っほっほっ、この老いぼれも、まだまだあんな盗賊になんぞ、やられはせんわ。」

「竹山、おぬし、目が見えぬのではないのか?」

「十兵衛様、この竹山、ここの2つの目は見えぬが、心の目が見えておりますのじゃ。」

「おぬしら、ただの遊女と三味線弾きではないな?どういうことか、説明してもらうぞ。」

新エスパーニャ上陸は、波乱の幕開けに始まったのであった。


第11章

~エスパーニャへ 第11章 メキシコ編~


・・・ 港町アカプルコの酒場 ・・・

酒場では、ギターを抱えた陽気な笑顔の若者が、これまた陽気な音楽を奏で、酔った男女が陽気に踊っている。
この国の人々は、奥州の米から造った酒とは一味も二味も違う、竜舌蘭や麦から造った酒を呑んでいる。

ビールを飲む、サムライ。
テキーラを飲む、十兵衛。
港町アカプルコの酒場には、不思議な光景が良く似合う。

「竹山(ちくざん)、おりん、お前たちは何者だ?徳川幕府が、政宗様の陰謀を暴くために送り込んだ刺客なのか?事の次第によっては、お前達を生かしておくわけにはいかん。さあ、素性を詳しく話してもらおうか!」

「十兵衛様、どうか話を聞いてください。私は徳川幕府の刺客ではございません。私は…私は…。」

「おりんや、いいのじゃ。十兵衛様、この竹山が全て説明いたします。」

「竹山様…。」

「十兵衛様、まず、この竹山の顔に見覚えはございませんかな?」

「お前の顔に見覚えだと?」

「十兵衛様は、まだ幼かったので、この老いぼれの顔は覚えていませんかの。」

「オレが、幼かった…」

「さようでございます。あの頃から、いつも刀を振り回して元気がございました。ところで、白石城の堀に古い大木があったのは覚えておりますか?そこから、ひらひらと舞い落ちる枯葉を、地面に落ちる前に二つに切れるようにはなりましたかな?」

「何?なぜ、その事を知っている。竹山、まさか、あなたは…」

「思い出されましたかな。十兵衛様が幼い頃、剣術を教えておりましたのは、この竹山でございます。そして、我が一族は代々、白石城城主の片倉家に使える忍びでございます。」

「先生…。あなたは、あの時の先生なのですね。しかし、なぜ?なぜ、私の前から姿を消したのです。」

「忍びの一族は、いわば、影の存在でございます。おりんも、伊達家を守る忍びの一族の生まれでございます。幼少より暗殺術を教えこまれ、14歳の時、政宗様より特別な使命を預かりました。それは、徳川家康の暗殺。同時に、この竹山も片倉小十郎様より使命を預かりました。おりんの身に何かあった場合の証拠隠滅でございます。政宗様の陰謀が決して世に出てはいけない、という小十郎様の考えでございました。おりんは、あと一歩のところで暗殺に失敗してしまい、徳川の忍びに捕らえられそうになりました。そこで、この竹山が影から助け船をだしたのですが、その時、徳川の忍びが放った毒矢でこの両目を失ってしまいました。運よくおりんは徳川の屋敷から逃亡できたのですが、本来ならその後、証拠隠滅の為おりんの命を奪うのが忍びの掟。しかし、家康暗殺の為だけに生きてきた14年間、おりんの気持ちを思うと、どうしてもわしにはできんかった。そこで、山中で倒れているおりんを助け、三味線一座として東北各地を放浪しておりました。」

「竹山様…。わたくしの事を全て知っていらしたのですね。なぜ、今まで何もおっしゃってくれなかったのですか?」

「おりんも、わかっておるじゃろう。忍びが素性を明かしたときは、命を捨てるとき。何も知らない方が都合が良い時もあるのじゃ。十兵衛様、どうか事情を察してくださいまし。」

「竹山先生、事情はわかりました。しかし、何ゆえ、このエスパーニャへの一行に紛れこんだのですか?」

「家康暗殺の真実を知っておるのは、この竹山と小十郎様だけでございます。政宗様や徳川の忍びには、おりんは死んだことになっております。三味線一座として東北各地を放浪しておりましたのも、素性を隠すため。小十郎様とも、あれ以来、一度も会っておりません。しかし放浪をしているとき、十兵衛様が支倉様とエスパーニャへ船で旅立つ、との噂が耳に入ってきました。十兵衛様の身に何かあってはと心配になり、真相を確かめるべく、小十郎様へ使者をおくりました。小十郎様の手紙には、十兵衛様に気づかれぬよう船団に紛れ込み、支倉様と十兵衛様の身を守ってくれ、と。おりんにとっても国を出ることは好都合。そこで、三味線一座と遊女として、船団に紛れ込んだ次第でございます。」

「竹山先生、そうだったのですか。今まで、影より身を守ってくれていたとは…、かたじけない。まだまだ、この十兵衛、未熟者でございます。」

「いえいえ、十兵衛様、先ほどの立ち回りは、さすがでございました。立派な剣術者になられて。舞い落ちる枯葉は、とうの昔に切れるようになったのですな。」

「はい。先生の教えに従い、毎日剣術の修行を続けてまいりました。それはそうと、竹山先生がこれからも一緒とは心強い。今宵は、再会を祝して飲み明かしましょう!」

「それもいいですな。しかし、このテキーラというのは、奥州の酒とは違って、不思議な味わいがありますな。」

「たしかに。おい、ソテロ、この酒は何で出来ているんだ?」

「ジュウベエ サマ、テキーラ ハ リュウゼツラン トイウ ショクブツ カラ ツクリマス。ビール ハ ムギ カラ ツクリマス。」

「麦は知っているが、リュウゼツラン(竜舌蘭)というのは、一体どんな植物なんだ?」

「リュウゼツラン ハ トゲ ガ アル、サボテン ノ ヨウナ ショクブツ デス。」

「サボテンというのもよく分からないが、とにかくトゲがある植物なのだな。そんな植物で酒が造れるとは。異国は不思議なことばかりだな。おい、常、お前もテキーラとかいう酒を呑んでみろ。」

「十兵衛、昼間、盗賊に襲われたというのに、お前はよく暢気に酒が呑めるな?」

「いいではないか。竹山先生も、いることだし。これで、どんな盗賊が来ても、盗賊の方が可哀想ってもんだ。」

「まあ、長い船旅だったしな。今宵は好きなだけ飲むか。おい、皆のもの、今宵は飲んで食べて、十分に疲れを癒してくれ!」

ギターを抱えた陽気な若者に、三味線を抱えた竹山も加わり、陽気な音楽に、津軽の音色も加わる。
陽気に踊っている男女に加わり、おりんは舞を舞う。
陽気な音楽に、どこか哀愁のある音色。

歓喜の舞。
テキーラと侍。
幻想的な光景。
港町アカプルコと侍の出会い。

第12章

~エスパーニャへ 第12章 メキシコ編~

・・・ 港町アカプルコから荒野へ ・・・

赤い土の荒野。
天を突き刺そうと伸びるサボテン。
碧い海の旅は、紅い土の旅へ。

「ミナサン、コレカラ ワレワレハ メキシコ シ ヘ イキマス。ソコデ ソウカン ノ ドン・アントニオ・ロドリゴ サマ ニ アイマス。サア、ニモツ ヲ マトメテ シュッパツ シマショウ!」

「ソテロ、朝早くから大きな声を出すな!頭がガンガンする。」

「ジュベエ サマ、ソレハ サクヤ テキーラ ヲ タクサン ノミスギタカラ デスネ。」

「そんな事はわかっている。それにしても、この国の日差しのように、テキーラは強い酒だな。」

「テキーラ ハ ツヨイ オサケ デス。ツギハ キヲツケテ クダサイネ。」

「わかった。わかった。ところで、常はどこだ?」

「ハセクラ サマ ハ、 スデニ ニモツ ヲ マトメテ、シュッパツ ノ ジュンビ ガ デキテイマス。」

「何? 他の者も出発の準備が出来ているのか?」

「ソウデス。ジュウベエ サマ ト アノ サンキョウダイ ダケ ガ、マダデス。」

「おいっ、一助、二助、三助、早く起きろっ!出発の時間だ!」

「十兵衛さま~、どうしたんですか~、朝から大きな声をだして~」

「早く起きろ!メキシコ市へ向けて出発だ!早くしないと、アカプルコに置いていくぞ!」

「起きろ、一助!」

「荷物をまとめろ、二助!」

「行くぞ、三助!」

快晴の空、と一言で表現しそうになるが、それよりも良い言葉を捜したくなる、そんな出発の朝だった。
例えば、奥州の少しくすんだ青い空よりも、かぎりなく原色に近い青い空は、空気が乾燥していて空が高く感じる。しかも、。そこに、ほんのひとかけらの雲が流れており、秋とはいえ燦燦と降り注ぐ太陽で、赤い大地とサボテンが煌めいている。しかし、澄んだ空気が時折、体をヒンヤリと包む、とでも言うような。
とにかく、二日酔いとはいえ、非常に気持ちの良い朝だったのである。

支倉常長一行は、船の見張りとして数十名をアカプルコ港に残し、150名ほどの大所帯でメキシコ市へ出発する。

メキシコの荒れた荒野に突如現れた、ちょんまげ頭で刀を脇に差した侍の大集団。

目立つな、というのが無理な話である。
前日あった、インディオの突然の襲撃。
これは、日本とメキシコとの貿易で、自分達の利益が減ってしまうと危惧したマニラやフィリピンの貿易商達が、インディオを金で雇って襲わせた、とアカプルコの警察署長より説明があった。
これらの商人やインディオは既に捕まり、牢獄に入れられているという。

この一件もあり、アカプルコ警察よりメキシコ市まで数十名の近衛兵を護衛として与えられた。
というのも、ソテロが、『彼らはエスパーニャ国王陛下への使節団であり、何かあった場合はどう責任をとるつもりなのか?』、と警察署長と話をつけてきたのである。

メキシコと貿易を始めるにあたっての日本の品々、新エスパーニャ総督ドン・アントニオ・ロドリゴやエスパーニャ国王への贈与品の数々、これらも一行と一緒にメキシコ市へ運ばれる事になっていたのだ。

どこで、また襲われるかわからない。
少なくとも、日本とメキシコの貿易を快く思っていないマニラやフィリピンの貿易商は多い。
インディオ達も、港街などの華やかさとはうって変わって、赤い土を耕し貧しい生活をしている。だから、時々、街を襲う。

そこへ、近衛兵と侍の大集団が、金銀財宝に近い日本の品々と一緒に荒野を大行進するのである。

やはり、目立つなというほうが無理である。
襲われる危険大。
しかし、ソテロの心配に反して、支倉常長は意気揚々としていた。
盗賊の心配も、まったくしていない様子である。
それもそのはず、熱海十兵衛をはじめとした伊達屈指の剣豪数十名が、一行の脇を固めていた。

それに、伊達家の繁栄を影で支えてきた忍び『黒脛(くろはばき)組』の者も2名いる。
しかも竹山は、黒脛組の元頭領で、戦場で政宗の命を何度も救ったという伝説の忍び。
後年は、政宗の右腕・片倉小十郎に仕えていたようだが、老いたとはいえ、黒脛組といえば1人いれば1国を滅ぼせる、とまで恐れられた伊達の忍び集団なのだ。
これだけで、どんな敵が現れようとも十分戦える戦力。
そんな訳で、支倉常長にとって近衛兵は、ただのお飾りにすぎなかった。

「さあ、皆の者、メキシコ市へ向けて出発するぞっ!」

「なあ、常、そんな先を急がなくても、あと2,3日アカプルコでゆっくりできたのではないか?」

「十兵衛、オレにはな、政宗様から預かった大切な使命があるのだ。旅は、まだ先が長い。こんなところで道草をくっている時間はないんだ。」

「相変わらず、生真面目な奴だなぁ。まあそこが、良い所でもあるんだが。」

「十兵衛、お前も少しは生真面目に物事を見てはどうなんだ。昔から、いつも真剣味がないというか、世の中を真面目にみようとはせん。」

「俺だって、真剣に世の中を見ているさ。ただ、それを表面に出していないだけだ。渓流をながれる落葉は、岩にぶつかりそうになってもぶつからない。なぜか、わかるか?それは、自分を保ちつつ渓流の流れに身をまかせているからだ。これは、剣の極意でもある。俺はな、今、アカプルコに生活している人々、メキシコの空気の流れに身をまかせて、異国のありのままを感じているんだ。」

「それが昨夜、テキーラの瓶5本を空にして、今日出発に遅れた言い訳か?」

「いや、そういう訳ではないんだがな、、、ほら、郷に入れば郷に従え、と言うではないか。異国を知る為には、必要なことなんだよ。」

「で、昨夜、異国の何を知ったんだ?」

「それはだな、、、、その、、、、テキーラを酒だからといって油断するなってことだ!痛い目にあうぞ。それと、この国のおなごは、奥州のおなごよりも情熱的な目をしているな。ほら、こうやって、少しづつ敵を知っていけば、たとえ戦になってもこちらに有利に働くっていうもんよ。そうですよね、竹山先生?」

「十兵衛様、それを言うなら、郷に入れば郷に従え、よりも、敵を知り己を知れば百戦危うからず、ですな。しかし、昨夜は敵を知ったまではよかったのですが、どうやら己を知りませんでしたな。ハッ、ハッ、ハッ。」

「いや、めんぼくない・・・。」

「十兵衛も、竹山にかかれば、まだまだのようだな。それはそうと、竹山、昨夜の話だが、しばらくは今まで通り、おりん共々素性を隠しておいたほうがいいかもしれないな。もしかすると、この一行の中に徳川の手の者が紛れ込んでいる可能性もある。昨日、あの場にいた平吉たちには口止めをしておいたから、今まで通り振舞ってくれ。」

「支倉様、感謝いたします。この竹山、老いたとはいえ、敵襲の際はいつでもお力になりますゆえ、ご安心くだされ。」

「うむ、これで、メキシコ市までの道のりは安心して行ける。」

赤い荒野に、サボテンの群れ。
赤い荒野に、牛の群れ。
赤い荒野に、侍の群れ。

どれが、本当か幻か。
日焼けをした侍の一行は、メキシコの荒野を進む。

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